最近本を読む機会が増えてきたので、読書日記がてら始めようとしたこのブログ。早くも放置気味だったので慌てて書き殴り。


ライブ行ってきた。やっぱ生の低音は違うな。
そろそろファンクなグルーヴを感じたい。
3冊読んでの評価ですが、、別に村上春樹は好きじゃないことを予め言っておきます。

嫌いってほどでは無いけれど、あの洒落た文体が僕にはどうにももったいぶったモノに見えてしまうのです。サラダの描写がうまいことは認めますが。

いやしかし、作家としては独自のアイデンティティを持っている点で僕の中の評価は高いです。あの徹底したお洒落な文体と、絶対こんな男いねーよと思わせる良い意味のリアリティの無さは他の追随を許しませんね。言うならばバブルの残り香のような芳醇さです。こうありたいとか、本当はこんなはずとか、等身大じゃないとか、理想の「私」と「セイカツ」を描かせたら右に出るものはいないと思います。

小説って町田康とか、角田光代とかはどっかにいそうな駄目人間がいっぱい出てくる嫌なリアリティに溢れたものと、伊坂幸太郎とか村上春樹みたいになんともスマートな人たちが織り成す理想論的なものの二種類あると思います。小説は娯楽だし、別にどっちに偏って読んでるわけでも無いけど、僕が村上春樹をあまり読まないのは、スマートすぎる登場人物に圧倒的な壁を感じるからですね。要するに自分が駄目人間なだけだけど。

でも、伊坂幸太郎は言葉の使い方や設定が村上春樹より若干チープな感じがして好きなんですね。チープというより、幾分遊びが入った言い回しをしてくれる感じです。音楽の好きな死神であったり、神様のレシピであったり、小難しい感じが無くてすんなり入っていけます。


グラスホッパー (角川文庫 い 59-1)グラスホッパー (角川文庫 い 59-1)
(2007/06)
伊坂 幸太郎

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極悪企業のバカ息子が殺されたことから始まる殺し屋二人と一般人一人のハードボイルド小説。3人の視点が交互に描かれて驚愕のラストに向けて物語は収束していき、ます。

確かに面白い。他の小説でも使われているように多視点で構成された物語に大小の複線を散りばめて最後に一気に織り上げる手法です。登場人物もあえて特徴を小出しにすることで無理なく理解していける点も相変わらずいい感じ。思い出せるレベルの細かい複線の回収が読んでて心地良かった。

でも好きじゃないんです。どうもわざとらしい台詞が鼻についてしまう。そのせいか架空の引用も空回りしてしまう。主人公がどうしてそこまで押し屋に拘るかの説得力もほとんど感じられなかった。他の作品と比べたときに妙に狙ったような言い回しが多かったせいかと思う。そのせいで登場人物に厚みが感じられなかったかな。


伊坂幸太郎はすいすい読めるのが好きで、グラスホッパーで読了6冊目くらいです。どの小説もちょっと現実離れした能力や状況を作り出し、それを現実とリンクさせていく構成となっています。専門書とか小難しい小説を読んだ後のリフレッシュを兼ねて読みたい現代版御伽噺というのが僕の位置づけです。

グラスホッパーはその面で少し弱かった。殺し屋とか人を自殺に追い込んでしまう能力とか、現実離れはしてるんだけど、いるかもしれないって言う中途半端なリアリティを感じてしまった。


とは言ってもミステリーとして面白い小説であることは確かです。ですが、これを最初に読むよりはオーデュポンの祈りか死神の精度の方をお勧めします。


オーデュボンの祈り (新潮文庫)オーデュボンの祈り (新潮文庫)
(2003/11)
伊坂 幸太郎

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現代社会から隔絶されているという不思議な島で起こった喋る案山子殺人事件
全てを見通す案山子が出てきます。




死神の精度 (文春文庫 (い70-1))死神の精度 (文春文庫 (い70-1))
(2008/02/08)
伊坂 幸太郎

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音楽好きな死神の悲喜交々
死神っていうネガティブな存在を音楽好きって設定を加えるだけでこうも人間臭くなるもんだなぁと。
KY:場の空気が読めないこと。ある環境における前提が理解できない人。
地頭:ロジカルシンキングを筆頭とした外資系横文字群

という認識の基に。

この二つの言葉が同時期に流行だしたのはコミュニケーションにおいて両者が両極に存在するからだと思います。

曖昧な言語表現が得意な日本人にとってKYとはコミュニケーション能力の欠如を指しています。極端な話だと、それが例えその集団の偏見によって形成された常識であってもそれが理解できない=KYの烙印が押されるわけです。

大してロジカルシンキングとは徹底的に水面下の事象を抽出することによる、いわば知的KY作業と言えます。

日本の競争力低下云々の話は毎度のごとくテレビで見ることが出来ますが、その根底にあるのはやはりこの二つの対立からではないでしょうか。言外の思考を積み重ねてしまうことで、当初は当然の認識であったことが霧の中へと消え、気づけば本題すら消えうせてしまいます。

それを解消するのがロジカルシンキングなどのビジネススキルだと言うのが昨今の地頭ブームの根っこだと感じています。

KYという言葉の良し悪しは置いておくとしても、僕個人としては日本独特の曖昧表現は大事なものだと思います。全部が全部白日に晒されるというのは何だかデリカシーが無い。言わなくても通じ合うことはやはり大事であると同時に一つのモラルです。とは言え、それをビジネスの場まで持ってきてしまうのはやはり別問題で、要はバランス感覚でしょうね、というところでレビューです。


論理的思考と交渉のスキル (光文社新書)論理的思考と交渉のスキル (光文社新書)
(2003/01)
高杉 尚孝

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本書はロジカルシンキングを応用することで交渉を有利に進めようというものです。根底にあるのは、交渉とは相手に自分の考える行動を取ってもらうこと、win-winであること、この二点です。一方的な交渉で成功を勝ち取ったとしても、後々自社に不利になるということから双方の利害を認識しつつ交渉を図る重要性が随所に記されています。

ロジカルシンキングというと外資的なスキルという印象があって、それはつまり利益最優先な薄情を想起させる言葉だったんですが、本書を読む限りはどんな交渉相手は決して陥れる相手ではなく、ともに勝ち上がっていくパートナーとして見るべきだという扱いでした。

ロジカルシンキングの基本的な考えから始まり、それを受けて交渉における基本的な考え方が書いてあります。最後に具体的な事例を交えての交渉術が書かれています。

「〜あり」「〜し」「〜おり」など日本人の曖昧表現の指摘や、怒りや不安、〜ねばならぬ思考など交渉における駄目な思考といったコミュニケーションの基礎的考えの部分は非常にわかりやすいです。

マイナス面をあげるとすれば、事例のあたりでした。学生の身としては当然ですが、イマイチピンとこなかったからです。その原因は具体的すぎるからか、簡素すぎるからかのどちらかだと思いますが、実例を持っていないのでわかりません。

一応論理的思考について書かれた本は3冊ほど読んでいたのもあってスムーズに読むことができました。ロジックツリーやMECEについてはほんとに初歩的なことしか書かれていないので、ロジカルシンキングそのものについて知りたいのであればお勧めできませんが、入門書の次に知識の確認も兼ねて読んだり、交渉事について学びたい人には良い本だと思います。


2008.04.25 開始
とりあえずテスト投稿!